シスター マリア・テレジア 田中悦子 帰天報告 BACK


アレルヤ 主キリストは復活されました アレルヤ

 姉 マリア・テレジア 田中悦子 は、 2008年3月17日なんの苦しみもなく安らかな顔で眠るように、 主のみもとに召されました。
彼女は5人姉妹の長女として、 幼い時から理知的で落ち着き、 何事にもじっくりかまえて私たち姉妹の指導的立場で命令しておりました。

 修道院に入り、 初誓願後は熊本の慈恵病院に新設された看護学校に派遣され、 看護教育に励みました。
終生誓願後は、 マリアの宣教者フランシスコ修道会日本管区における最初の宣教者5名の中の一人、 28歳の最年少者として、 ブラジルへの宣教に出発いたしました。
ブラジルではカンポス・ド・ジョルダオのサナトリウムでの仕事に、 その後、 サンパウロでは日本人学校で子供たちの教育をしておりました。
19年のブラジルでの宣教に終止符を打ち、 帰国いたしました。

 帰国後は、 カトリック中央協議会カリタスジャパンの定住難民、 特にベトナム難民の方々の定住の為に努力をしてまいりました。
彼女が最後まで口にしていたことは、 ベトナム難民定住の仕事は終わっていない、 国籍のない難民のままにしておくことはできない、 だから今しなければならないことはまだまだある・・・・・と、 ただ一筋にその道を歩んでまいりました。

 昨年4月頃から、 体調が優れなかったのか? 管区長様に、 仕事をやめようと思う・・・と言っていたとのことでした。
私には、 5月に“小さななダオ花”を出したらこの仕事を終わりにしようと思っている・・・と言い、 今までにない気力の衰えを感じさせられました。
今までたくさんの援助をいただいていた方々、 特に“こひつじ会”の皆様に感謝しながら仕事の整理をしていた様子でした。

 また、 彼女は、 ブラジル宣教の延長で、 イグナチオ教会でのポルトガル語のミサに月2回は必ずでかけ、 オルガン伴奏の奉仕をつとめておりました。

 ここ戸塚修道院に来てからは、 日毎に元気になっておりましたのに、 あまりにも突然のことに驚いております。

 思えば、 3月に入り、 1日には国連大学で行われた定住難民の総会にも出席し、 15日には共同体のピクニックで大山に出かけ楽しい一日を過ごし、 翌16日にはポルトガル語ミサに行きオルガン伴奏の奉仕を終えていつも通り帰院いたしました。
これが彼女の最後の宣教となりました。
次の17日は、 毎月一回の第二修道院だけでのミサが夕方あり、 共同体で共に祈り、 神父様をかこんでの夕食、 あとかたづけも終えた後、 いつものように一人で聖堂に行き、 終課を祈り、 部屋へ戻った様子でした。
それからお風呂に行き、そのままでした。
脳出血による死という診断がくだされました。
後でお部屋に行ってわかりましたが、 ベッドは休めるように準備し、 翌朝着る下着が椅子にかけられ、 全く普通の状態になっていました。
死ということを本人も予期していなかったと思います。

 いただいた賜物をフル回転させ、 78年の生涯を主に委ね、 御父の家に帰らせていただきました。

 姉は非常に正義感が強く、 厳格で妥協を許さず確固とした信念の持ち主でした。
そのような性格ゆえ、 共に過ごされた姉妹の皆様、 宣教の場でお働きいただいた方々には、 言葉や態度で傷つけ、 ご迷惑をおかけしたことも多々あったことと思います。
姉に代わり心からお詫びいたします。

 走るべき道をただひたすらに、 まっすぐに走り続けた56年間の奉献生活の上に神様の豊かな祝福がありますよう祈りつつ、 感謝と賛美のうちに主にお委ねいたします。
2008年3月
マリアの宣教者フランシスコ修道会
マリア・クララ 田中 道子

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