「ベトナム人友好会」の成り立ちと活動 BACK


・前身としての「カトリック難民定住委員会」

事務所のある修道院
 「ベトナム人友好会」の前身といえる「カトリック難民定住委員会」は、 1980年頃以降、ベトナム難民の定住支援を行ってきました。 詳しく知りたい方はこちら@

 また、同じくインドシナ難民と呼ばれたラオス難民、カンボジア難民はもちろんのこと、 マンデート難民(日本政府は難民と認めないが、UNHCR=国連難民高等弁務官事務所が難民と認定した人々)、 さらに名前を公表することさえできない亡命者たちへの援助も続けてきました。

 現在私たちは、彼らの生計維持のことだけでなく、後述する諸問題を少しずつでも解決すること、 また母国を支援しようという彼らの夢を実現することを視野に入れて活動を続けています。

・「インドシナ難民」の現状

 「インドシナ難民」と呼ばれた人々は、現在は「定住者」という在留資格で外国人登録を行っています。 ただし、この在留資格は、3年ごとに入国管理局に出向いて期間の更新を行わなければならないものです。 彼らは、難民・亡命者として故国の国籍を剥奪されているにもかかわらず、 日本政府は、彼らを他の外国人と同様に取り扱っているといえます。

 「インドシナ難民」のうち、困難な過程を経て、ついに日本国籍を取得し、 法的に日本人一般と同等な権利を獲得した人は、全体のわずか1%程度に過ぎないともいわれています。 詳しく知りたい方はこちらA

育英高専のヘンドリクス先生と奨学生・卒業生
 いっそう深刻なのは、「インドシナ難民」の子ども世代の問題です。 彼らは、ベトナム(またはラオス・カンボジア)において離脱者とみなされて登録を抹消された人々の子であることから、 その国において出生の登録を行うことは不可能であり、その国籍を持つことはできません。 しかも彼らは、日本で生まれながらも、日本の国籍も、決して自動的に取得できるわけではありません。 多くの子どもたちが、「無国籍」の状態のまま、就学し、就職し、成人せざるを得ず、 さらには第3世代の「無国籍」者を産み育てざるを得ないという状況におかれています。 詳しく知りたい方はこちらB

 もっとも、「インドシナ難民」の子ども世代は、20歳に達すれば、個人として帰化の申請を行うことができます。 しかし、皮肉なことに、将来の夢を見据えて勉学に励む若者たちほど、帰化の認可を得られないという現実があります。 それというのも、日本政府は、大学・大学院等に在籍中の若者たちに対しては、生活力がないという理由で帰化を認めないからです。 そして彼らは、就職に当たり、大きな壁にぶつかることになります。 彼らは、日本国籍を持たないうえに、外国の国籍も持たないことから、こうした問題を全く理解しない企業側から、大変理不尽な対応をとられてしまうのです。

 子ども世代の一部は、こうして意欲的に学び働く中で、困難に直面しています。 しかし他の一部は、より矛盾に満ちた状況を生きざるを得なくなっています。 親世代の希望の乏しい生活を目の当たりにする中で、不登校を選択し、フリーター生活を続けるという若者たちがいます。 「無国籍」の問題から、実のところアルバイトの就業さえままならない彼らは、お金に困り、信頼できる人も失いがちです。 そして、一般的な日本の若者にはおよそ想像もできないような孤立感、絶望感を味わった末に、 彼らは、良心に反して軽犯罪に至ってしまうこと、あるいは満たされない思いをいっそう深めて麻薬常用へと走ってしまうことが、全く珍しいケースとはいえないのが実情です。

 こうした若者たちの現状に対して、私たちは、とにかく何かしなければなりません。

・ 「ベトナム人友好会」の活動


 本会は、現在、次の活動を行っています。
打ち合わせ中のスタッフ


 (1)定例会議の開催
 「インドシナ難民」とその子ども世代について、また他の難民、亡命者、研修生について、 様々な問題を把握し解決策を探るために、定期的に情報交換のための会議を行っています。

 (2)会誌の発行
 問題について広く世間の人々に知って頂くために、奇数月に、会誌『小さなダオ花』を発行しています。 その内容は、「WEB奉仕サークル Holy Ring」の場を借りて、このHPにおいて全面的に公開しています。 

「こひつじ会」、「あかつきの村」の方々との定例会
(3)奨学金の貸与・給与
 本会では、皆さまからのあたたかいご支援とご寄付により、細々ながら、奨学金の貸与・給与を行ってきました。 日本で義務教育を終えた若者のうち、能力と意欲に満ちながら、経済的理由から進学の困難な生徒に対して、 高等学校、高等専門学校などへの進学を可能にしてきました。2002年度からは、 手作りで素晴らしいリサイタルやバザーを行っておられる「こひつじ会」の皆さまのお申し出をいただき、 奨学金の活動をいっそう充実させることができております。心より御礼申し上げます。

 本会にとって、手がけなければならない問題は山積みです。現在のところ、小さな活動でしかありませんが、 皆さまのご支援を得て、より必要なことを、可能な限り、行っていきたいと思っております。 私たちの活動の輪につながり続けていただければ幸いです。
 

(脚注)
@ 1975年4月、サイゴン陥落によりベトナム戦争が終結してからというもの、 小舟で故国を脱出するベトナム人が後を絶たず、彼らはボートピープルと呼ばれました。 まもなく彼らは、大型船舶に救助されて日本の港に接岸するというかたちでしばしば来日し始めました。 その頃から、カトリックの福祉部門であるカリタス・ジャパンは、全国のカトリック系施設に依頼し、南は沖縄県浦添市から、 北は北海道函館市まで、全国20数カ所に、難民のための一時滞在施設を設置しました。 それというのも、当時の日本政府は、難民支援のための施設整備に大変戸惑っており、必要な対応が立ち後れていたためです。
 1982年、日本カトリック司教協議会は、国内に一時滞在しつつ定住国の定まらない多数のベトナム難民に対して日本定住を支援するという方針を定め、 「難民定住カトリック全国対策特別委員会」を設立しました(後に、「カトリック難民定住委員会」と改称)。 そして、群馬県の「あかつきの村」内に、カトリック独自の難民定住センターも誕生しました。 もちろん日本政府も、1979年から1983年にかけて、全国3カ所にセンターを設置し、難民への日本語教育と適応訓練を開始しました。 しかしこれらのセンターは、定員を限定していたうえ、 年齢、経験、家族状況にかかわりなく3ヶ月間(後に、4ヶ月間に延長)の入所の後には社会に送り出すというシステムをとっており、 日本語も日本の生活習慣も全く知らない難民にとって大変厳しい状況でした。 そのため、「あかつきの村」のセンターは、難民のニーズに応えたものとして歓迎されました。 こうして、数百人のベトナム難民が、「あかつきの村」を経由して、日本社会に定住していきました。
 「あかつきの村」では、多数のボランティアの方々はもちろんのこと、群馬大学の学生さんたちも、献身的な奉仕を継続してくださいました。
 「あかつきの村」のホームページは、こちら。 http://www8.ocn.ne.jp/~ak-mura/

A  「インドシナ難民」の一部は、在留期間の更新を重ねる中で、永住権の申請を行うことがあります。 この場合、法務局による永いながい審査の後に、ようやくその権利が与えられます。 しかし、その審査期間中に軽微な犯罪や道路交通法違反などを犯すと、 なんと、一般的な在留期間である3年を大幅に縮小され、1年ごとに更新許可申請を行わなければならなくなります。 そうした危険を冒しつつも、ついに永住権を獲得した人々の一部は、今度は帰化の申請を行うことがあります。 この場合も、本人が独立して支障なく生活していけるか否かについて、法務局による永いながい審査を受けることになります。
 比較的高齢の人や、日本語を使いこなせない人は、こうした困難な過程に耐えることはできず、在留期間の更新だけで精一杯です。 彼らは、日本国籍を持たないうえ、故国では離脱者とみなされて登録を抹消されているため、故国の国籍も持ってはいません。 そのため、日本において社会的信頼を得にくく、結局、日本人の嫌がるような、いわゆる3Kの職に甘んじて就くことになりがちです。
 「インドシナ難民」のうち、日本における社会的地位の低さに嫌気のさした人々の中には、 バイク、トラック、自転車などを自国に送るという商売を開始する人々がいます。 その一部は、自国の暮らしぶりを気遣い、真面目に働く人々であることを忘れてはなりません。 しかし、他の一部として、それらの品物を不正なルートで(路上にあるものを盗むというかたちで)入手する人々がいることも、残念ながら、事実です。 もちろん、何不自由ない暮らしの中でも不正を行う日本人が数多くいるわけですから、 彼らの行為は、その困難な日常生活を考え合わせたとき、単純に断罪して済むものでは決してありません。 しかし、その行為は、やはり犯罪には違いありません。 彼らが闇の世界に進まずに済むように、また闇の世界から戻ってこられるように、解決の糸口を早急に見出す必要を感じています。

B 日本の国籍法は「血統主義」であり、アメリカ・イギリスなどの「生地主義」とは異なります。 日本では、日本人の親から生まれなければ、日本国籍を自動的に取得することはできません (アメリカ・イギリスなどでは、国内で出生すれば、その国籍を、いわば自動的に取得することができます)。
 国籍がなければ、パスポートは取得できません。 「インドシナ難民」、およびその子ども世代は、秀でた才能や能力を持ちながらも、社員研修において、また修学旅行、遠征試合などにおいて、 同僚・級友と同様に海外に行くことができず、涙をのむという例が決して少なくありません。 しかも、上述の通り、日本国籍を得るための帰化の申請は、大変長期にわたり、困難な過程を必要とするのです。
 法務省入国管理局は、「国籍をもたない場合には、パスポートと同様の機能をもつ再入国許可証≠発行します」と言います。 しかし、相手国によっては、再入国許可証≠ナは入国ビザを発行しない場合もあるのが実情です。



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